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COLUMN

Oct.29.2019
【ご当地ゆるスポーツアワード2019開催記念 特別連載2】
ご当地ゆるスポーツのメインストーリー
#ご当地ゆるスポーツアワード #ゆるスポーツ 

全国各地のオリジナルご当地ゆるスポーツを募集し、その中からもっとも素晴らしい作品を表彰するという「ご当地ゆるスポーツアワード2019」の開催を記念し、連載を行っている本コラム。

前回はゆるスポーツの考え方について解説を行いました。今回は「ご当地ゆるスポーツ」ということにフォーカスを当てて行きたいと思います。

数あるご当地ゆるスポーツの中でも特にメディアでの取り上げも多く、イベントでも人気の高い、富山県氷見市のご当地ゆるスポーツ、「ハンぎょボール」。そのハンぎょボール誕生の経緯と共にご当地ゆるスポーツの創り方を解説します。

ご当地ゆるスポーツの目的は何?

スポーツをツールとして使う。これは私達ゆるスポーツ協会が発足当時から考えていることです。前回のコラムで言及した5LINESの「社会課題からスタートしている。」という部分にも表れています。
つまり、社会課題解決という目的のためにスポーツがあるのであって、スポーツをすることはあくまで手段になるのです。
ただ、これはスポーツを軽視しているわけではありません。私達はスポーツほど優良なツールはないと思っています。なぜならば、スポーツを行うことにより、「健康になれる」、「ストレス発散になる」、「友達ができる」など様々なポジティブな効果があります。そして、この効果は、目的に使わなくても得ることが出来るのです。つまり、スポーツはすること自体を目的としなくても、ポジティブな効果をもたらす最強のツールなのです。

このツールを、様々な課題解決という目的のために利用するという提案が、ゆるスポーツが起こしたひとつの革命だと思っています。

さて、そう考えたときに、ご当地ゆるスポーツとはどうあるべきでしょうか?私はご当地ゆるスポーツはその地域に対して、ポジティブな働きかけを目的とするべきだと考えています。
例えば、「地元をもっと知ってもらいたい」、「地元を活性化させたい」、「地元を訪れる人達を増やしたい」といったものです。
ハンぎょボールの場合は「ハンドボールの街、氷見市をより多くの人に知ってもらいたい」という目的で開発されました。
氷見市は富山県の西部にある市で、市に唯一の高校である県立氷見高校の男子チームは、去年全国大会で三冠を達成するほどハンドボールが盛んです。ただ、この事実は全国レベルではほとんど知られていないと言えるでしょう。
このことをより多くの人たちに知ってもらう。それがハンぎょボール開発の目的でした。

ストーリーの主軸を考える

ご当地ゆるスポーツというからには、そのご当地ならではの要素が盛り込まれている必要があります。前回のコラムの「ビジュアルと名前が面白い。」という章で軽く触れましたが、人々の印象に残るコンテンツには必ずストーリーがあります。
ご当地ゆるスポーツにおけるストーリーの主軸は「なぜその場所でそのスポーツが生まれたか」となります。このストーリーに納得感、さらに意外性があればあるほど、人の心に響くコンテンツとなります。

例えば、愛媛県の大学生が開発した真珠サッカーというスポーツがあります。私は最初聞いたときに「なんで愛媛のご当地ゆるスポーツが真珠なの?」と思い疑問をぶつけてみました。そこで、愛媛は真珠の生産量が全国一位だということを初めて知りました。
ここで真珠サッカーが得られた効果は2つ。1つは真珠サッカーという競技を、私にしっかり覚えさせることができた。そしてもう1つは、愛媛が真珠の産地であるということを、知ってもらうことができたということになります。
このエピソードは私が毎回講演などでも話しているので、「真珠の産地、愛媛」ということは、割と多くの人たちに知ってもらえることになったと思っています。他人に伝えたくなるストーリー、これが認知という観点で非常に大きな効果を持つのです。

話を氷見市に戻しましょう。
氷見市のアイデンティティは何か?というテーマについて、地元の有識者も集めて色々話をしました。「立山連峰(富山湾越しに見える景色は絶景)」、「藤子不二雄A先生(氷見出身)」、「獅子舞(市内で獅子舞祭りが開催)」など様々な意見が出ましたが、その中で氷見市の人たちが特に誇りを持っているのは寒ブリでした。
氷見市の生活に深く根ざしていたブリは、近年ブランド化にも成功し、「氷見寒ブリ」の名前で首都圏にも流通をしています。JRの駅で、北陸新幹線のポスターに載ったブリしゃぶを見た人もいるのではないでしょうか?

これで氷見市オリジナルのご当地ゆるスポーツのストーリーの主軸ができました。
「ハンドボールの街、氷見市で、地元名産の寒ブリをテーマとしたスポーツ」。

次回はここからハンぎょボールが出来るまでのお話をさせていただきます。

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この記事を書いた人
萩原 拓也
■萩原 拓也 1983年生まれ。システム開発会社、スポーツIT会社を経て2018年スポーツマネジメント会社入社。スポーツ専門のシステム開発やコンサルタントをしながら、WEBメディアの編集長として活動している。世界ゆるスポーツ協会事務局長。media CONNECT編集長。
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