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パウロ・ガッサニーガ独占インタビューvol.1「GKは、ヒーローにもなれば、悪者にもなる。それでも素晴らしい仕事」

バレンシアのユース出身GKで、プロデビューは当時イングランド4部に相当する、フットボールリーグ2を戦っていたジリンガムというクラブ。そこでの活躍が認められ、翌年にはプレミア昇格が決まっていたサウサンプトンに移籍。サウサンプトンでの在籍期間は5年間だったが出場試合は21とほとんどを控えキーパーとして過ごしていた。2017年に移籍したスパーズでも当初はサブGKだったがレギュラー奪還に成功し、遂にアルゼンチン代表に選出された。

「こんにちは。パウロ・ガッサニーガです。これはメディアコネクトの番組です」

メディアコネクトにて、これまでのサッカー選手としての歩み、アルゼンチン代表への想い、史上最高のGK論をインタビュー動画で語っています。

今回は、全4回にわたるインタビューの1回目となります。

生年月日:1992年1月2日 / 国籍:アルゼンチン / 出身:ムルフィー / 身長:185cm / 体重:74kg / ポジション:GK / 利き足:右足 / 背番号:22
経歴:ジリンガム (イギリス・2011~2012) → サウサンプトン (イギリス・2012~2017) → トットナム・ホットスパー (イギリス・2017~)


――君はサンタフェ州のムルフィ出身だよね。ムルフィはどんなところ?

自由なところだよ。人口は4000〜5000人ってとこかな。サッカー好きが多い土地柄さ。

友達と出かけたり、自由に散歩したり、自転車に乗ったりして過ごした。子供時代はそんな風に過ごしたことがいい思い出だ。

――若い頃、サッカー選手として成長するのに、どんな苦労をした?

苦労ってほどのことはなかったね。
友達と会う機会が減ったり、パーティに行けなかったり、試合があるからみんなと一緒に飲みに行けなかったり程度のものだね。

でも、苦労は何一つなかったよ。しっかり自覚を持ってやってたし、小さい頃からプロフェッショナルだっていう気持ちを持ってやっていたからね。

――お父さんもプロだった分、利点もあったんじゃない?なんで同じ道に進もうと思ったの?反対のことをしようとする息子もいるけど。

父は一度も僕にゴールキーパーになって欲しいなんて言わなかったよ。自分でこの道を選んだし、弟も同じく自分でゴールキーパーを選んだ。父はいつも背中を押してくれた。

うまくいかない時には励ましの言葉をかけて支えてくれた。長い時間、練習にも付き合ってくれたし。だから、父には感謝の言葉しかないよ。

――ゴールキーパーにとってインテリジェンスは重要な要素だよね。そこでゴールが生まれるし、チームを救えるかどうかがかかっている。ちょっとアンフェアで残酷だと思わない?

そうだね。だけどそれも仕事の一部だよ。ヒーローにもなれば、悪者にもなる。それでも素晴らしい仕事だよ。

――いいゴールキーパーになるには?子供たちにどんな練習をしたらいいキーパーになれるかアドバイスはある?

僕の経験から言えば、いつも全力で練習することが大事だと思う。試合に出る時も、そうじゃない時も、常に100%の状態でいること。それと、体調管理。性格も大事だ。

センターバックやチーム全体の選手たちともうまくコミュニケーションをとり指示を与えなきゃならない。あとは、プロ意識を持って体調に気を遣うことかな。ここに挙げたことを全て実行することが大事だね。

――子供のころは何を夢見てた?君はボカのファンだけど、憧れの大会はあった?アルゼンチン、世界のサッカーではどんなことに憧れていた?地元の町ではどんな風に見てた?

小さい頃は、当時ヒムナシアでプレーしていた“モノ”・ナバーロ・モントーヤ(※元アルゼンチン代表GK)が好きだった。経験豊かなゴールキーパーがすごく好きだったんだ。その頃のモノは偉大だった。すでにスター選手だったよ。

――モノのどんなところが好きだった?

シュートの止め方やキャッチの仕方。

そうだな、そういや、モノが着ていたジャージも好きだったっけ。
いつもちょっと変わったジャージを着ていたな。

僕が小さい頃、彼はすでにアルゼンチンではみんなが憧れるゴールキーパーだった。

当時はプレミアリーグもよく見てたよ。ファン・デル・サールが好きだった。あとはペトル・チェフとかブッフォンも好きだったね。

――ボカのどこが好きなの?

人かな。 ピッチやサポーターの雰囲気もね。

――ボンボネーラ(※ボカのホームスタジアム)で試合を見たことは?

いや、ないね。

――テレビでボカをどんな風に見てた?サポーターが熱狂する様子とか?

大勢のサポーターたちの熱狂的な様子とか、選手が「今までプレーした中でボンボネーラが最高のスタジアムだ」と言ってたこととか。

実際その通りだったし、(ボンボネーラは)素晴らしいところだろうなと思ってた。

――君には素敵なストーリーがあるよね。君のお父さんは今とは違う時代、違うレベルでサッカーで生活していくために苦労したんだよね。そして、自らスペインのバレンシアに行くことを決めたんだよね?別にバレンシアからコンタクトがあったわけでもなく。この決断がどれだけ難しいものだったか?

難しくはなかったよ。父は何度かバレンシアに行ったことがあって、ムルフィに帰ってきた時、僕らに「バレンシアに行きたいかい?」と尋ねたんだ。迷わず「行く」と言った。

なので難しくはなかったけど、強いていえば、同じ年頃の友達や家族を残していくのは辛かったけどね。でも、父には感謝してる。そのことが僕たち兄弟の人生に重要な変化をもたらしてくれたのだからね。

▼インタビュー動画はこちら▼

To Be Continued…(vol.2は9/20(日)投稿予定)

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