――故郷に生まれ育ってどんな思い出がある?若い頃はどんなサッカー選手だった?どんな夢があって誰の影響を受けたの?
最初の思い出は、ボールを蹴り始めた頃。家に僕の一番最初めの試合を撮ったビデオがある。僕の父は試合を撮るのが好きだったんだ。だから、それが僕の最初の思い出かな。
ずっと、プロの選手になって高いレベルでサッカーをしたいっていう夢があったんだけど、他のことを犠牲にしてハードワークを続けてきたおかげで、今、僕はここにいることができているし、これからもこの場所にい続けられるよう、同じことを続けていかなきゃならないと思ってる。
――アルゼンチンの地方の町で育って、そこからビッグクラブへの道は遠いと思っていた?彼らは君をどうやって見つけてテストしたの?
うん、難しかったね。ブエノスアイレスまでテストを受けに行けなかった子もいたし、クラブの方からやってきてテストに連れて行ってもらうのを待っていた子もいる。
父親がテストを受けに連れて行ってくれたり、クラブが連れて行ってくれたり。
でも、僕はロサリオ(ロサリオ・セントラル)とかラファエラ(アトレティコ・デ・ラファエラ)の近くに住んでいたからチャンスがあった。いつでもテストを受けに行けたんだ。
ラファエラが、僕が小さい頃からチームに入れたがっていたことは知っていた。
だから、そのチャンスを生かしたんだ。ラファエラは育成部門に定評があるクラブだったから、そこに行くことを決めたんだ。
――そこではどんな苦労があった?当時のチームの監督と反りがあわなかったとか、父親が反対したとか、友達と遊ぶほうが楽しかったとか?
苦労はあったよ。いつだって苦労はあった。子供の頃ってどうしていいかわからないことがあるからね。
ラッキーだったのは、ラファエラの監督が僕をすごく気に入ってくれてたこと。
セントラル(ロサリオ・セントラル)も僕を欲しがっていて、入団させたがっていた。
でも、監督が僕を欲しがっていたことを知ってたから、結局ラファエラに入ることに決めたんだ。
アンラッキーだったのは、入団してすぐに足の指を骨折しちゃったんだ。
そのおかげでAFA(アルゼンチンサッカー協会)に登録するチャンスが少し遠のいてしまった。
でも、その後はそこでプレーすることができて、やがてトップリーグにデビューすることができた。
――それを達成できた時はどんな気持ちだった?「なんて俺はすごいんだ。俺は今いるこのレベルにいなきゃいけないんだ」って感じ?
最初はすごく苦労した。僕がトップリーグでデビューした時はまだ17歳だったからね。
その時感じていたのは、「なんて難しいんだ。僕はまだ十分に準備ができていないな」ってことだった。
そのことはいつも頭にあったよ。でも、家族やコーチングスタッフのサポートがあった監督が 僕を信頼してくれたおかげで、「準備ができた」という自信がついた。
そのおかげでプレーする時は落ち着いていられたし、ラファエラで多くの試合に出場することができた。その時の経験があったから、僕は今でも成長することができている。
――ブエノスアイレスに行った時はどう感じた?ウラカンに移籍したけど、すごく歴史と伝統があるクラブだよね?
ブエノスアイレスには行ったことがあったから、どんなところかはわかっていたつもりだったけど、それでも、想像を上回るところだったよ。僕の故郷は人口5000人だからね。住民はみんな顔見知りって感じだし。
その後に住んでいたラファエラも小さな町だったから、ブエノスアイレスに着いた時はパニックだったよ。
最初は苦労したよ。最初の数日間は父親が一緒にいてくれた。 その後は僕の彼女もいろいろ助けてくれた。何より、ウラカンで素晴らしいチームメイトたちに恵まれたのはラッキーだった。それが何よりの助けになったんだ。マリアーノ・ゴンサレスとか、“ティンチョ”ネルボ(ウーゴ・ネルボ)とか、マンチネリ(フェデリコ・マンチネリ)とか、“ピピ”アラウホ(カルロス・アラウジョ)なんかが僕の成長をいろいろな面で手助けしてくれた。
僕は彼女とは一緒に住んでいなかったから一人暮らしをしてて、彼らにはすごく世話になったんだ。
だから、大都市での暮らしも落ち着いて過ごすことができたのさ。
――テレビなんかでアルゼンチン代表を見ていた頃、どんな思い出がある?「いつかアルゼンチン代表でプレーできたらいいな」とか?あと、どこのクラブのファンだった?憧れの選手は誰?
そうだね。昔から自分が応援しているチームでプレーするのが夢だったけど、それがどこかは言えないな。
でも、それはそうだよ。夢だから。いつかは、そのクラブでプレーすることになると思う。アルゼンチン代表のことも同じように毎日夢に見ていた。それは願ってもないことだよね。もうそれを実現したチームメイトもいる。
“トゥク”(ロベルト・ペレイラ)とかロドリ(ロドリゴ・デ・パウル)とかフアン(ムッソ)はもうそれを経験してる。だから、近いうちに僕にもチャンスはあると思ってる。でも、責任重大であることもわかっているよ。
練習を続けていけば、いつか、、、その時が来ると思う
――これを聞くのはヤボではあるけど、言いたくなければ言わなくてもいいんだけど、どのチームのファンかを言うのは別に他のチームへの敬意を欠くことにはならないと思うんだが、君はリーベル?それともボカ?それは、まあいいや。憧れの選手だけ教えてよ。
いやあ、、、僕はこの時代に育ってるから、やっぱり僕の憧れの選手で尊敬しているのはレオ・メッシだよ。
選手の格としても人間の格としても、メッシこそ尊敬できる人だ。それと、アンヘル・ディ・マリアのことも尊敬してるよ。彼は僕らと似ていることころがあるし、彼らは尊敬できる選手だよ。
いつか彼らと代表合宿かピッチで一緒にやってみたい。本当に尊敬できる選手たちだからね。
――君は(ロサリオ)セントラルのサポーターなんじゃない?“トゥク”(ペレイラ)はセントラルのサポーターだよね?リーベルでもボカでもなく。
ははは
――悪かった。愚かな質問だったね。
僕は、、、それについては答えられないね。
――やっぱりセントラルサポ?
そうさ、僕はセントラルのサポーターだ。子供の頃からスタジアムに行ってた。
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To Be Continued…(vol.2は8/30(日)投稿予定)