――子供のころもっとも記憶に残っている選手やゴールを教えてください。
アイマール、オルテガ、ダレッサンドロ、ムニエコ。それと、“タノ”ナスーティ(クリスティアン・ナスーティ)が決めた素晴らしいゴールの瞬間はよく覚えてる。
リベルタドーレスのボカ戦でリーベルが彼の最後の最後に2-1で勝利した試合だ。
その時、父と兄と一緒にスタジアムにいたんだけど、一緒に抱き合って喜びあった素晴らしい瞬間だった。
――子供の頃、当時クルブ・パルケの責任者だったマドー二が声をかけたんですよね?
僕が地元のチームでパルケと試合したあとのエピソードだけど(笑)、マドー二さんが近づいてきて、僕の父に「彼と話をしたい」と言ってた。 その後、僕のところに来て、「ボカのテストを受けてみる気はないか」って聞かれたんだけど、僕は即座に「ノー」って答えた。
「ボカは嫌だ」ってね。なぜなら、僕はリーベルの熱狂的なファンだったから、僕の夢は将来リーベルでプレーすることだったからね。「返事はノー、ノー、ノーだ」(笑)
――リーベルのユニフォームに初めて袖を通したときの気持ちは?
信じられない気持ちだった。リーベルに来たときは9歳だった。
トライアルのテストがあって、何週間かいろいろなテストをされて、その間、『インファンティル』っていう少年チームのカテゴリーでいろんなところに遠征に行った。
確かチームがサンへロニモのスンチャレだったかな? 遠征した週に僕の入団が決まったんだ。大喜びで父に向かって走って行ったのを覚えている。信じられない気持ちだった。
――それから家族にも多くのことが起こったわけだよね?お父さんもリーベルの選手だったんだよね?ということは、リーベルの雰囲気とか、いいこと悪いこと、好きなこと嫌いなこと、素晴らしいこと、驚かされた事なんかもぜんぶ知ってたわけだ。
そのとおりだね。僕の父はずっとサッカー選手で、長いことアルゼンチンでプレーしていた。僕がサッカーをはじめて、それから兄もはじめて成長していくにつれて(リーベルでプレーすることが)どういうことなのか徐々にわかってきたよ。 本当に信じられない経験だった。
――トップチームに昇格したときの気持ちは?その時はどこにいて、どんな状況で誰から昇格を伝えられましたか?
アンヘル・カパさんが監督になった頃だった。僕がリザーブに上がったころさ。リザーブも居心地はよかったけどカパ監督はいろいろな若い選手の試合をチェックしていた。ちょうどトップチームの前にリザーブチームの試合があったんだけどプレシーズンの頃だった。 アンヘル(カパ監督)がリザーブの監督と何か話してるのを見た。リザーブの監督が僕に言ったんだ。マヌ(ランシーニの愛称)、おまえはプレシーズンはトップチームに帯同する。僕はそれを聞いた瞬間びっくりして飛び上がった。でも、その時は何にもわかっちゃいなかった。
僕はまだ少年だったし、16か17歳のころだったからね。ちょっと信じがたかった。
――その頃のトップチームにはどんな選手がいた?
アルメイダ、オルテガ、ボナノテ、フェラーリ、カリーソ信じられないメンツだった。
僕は少年だったし、そんなこと想像もできなかった。まさに夢のようだった。
――トップチームでデビューした瞬間は、怖さはありましたか?
いろんなことが頭をよぎったよ。でも、いったん忘れたほうがいいって思ったんだ。
不安とかプレーしたいという意欲を考える前に何をしなきゃいけないかを考えようと思った。
今も覚えてるけど、大会の初日、ティグレ戦の前にアンヘル(カパ監督)が来て僕に言ったんだ。
「おい、おまえが先発だ。プレーするのが怖いなんて言うなよ」ってね。
僕は「まさか、怖いことなんてないさ」って言ったよ。
その夜、ホテルで休んでいる時に一気に不安が襲ってきたんだ。でも、満足だったし幸せだった。
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To Be Continued…(vol.2は10/18(日)投稿予定)