――今ロンドンにいるんだよね?イギリス人とはスポーツやそれ以外でも長年のライバル関係にあるけど、どんな風に迎えてくれた?ロサリオからここに来て一番恋しいことは?
ここではあたたかく迎えられたよ。クラブのスタッフにもチームメイトにもね
いいチームに入れたと思う。おかげですべてがスムーズだったよ。全く文化が違うアルゼンチンのロサリオで育ってきた僕にとってはね。
一番辛いのは距離だね。でも、今ではイギリスの生活も快適だよ。
――もしロサリオから3つの何か持ってこられるとしたら、何を持ってくる?何が一番恋しい?どんな理由で?
日々のことでロサリオを恋しく思うのは友達や家族との時間だね。
あと川(市内を流れるパラナ川)だね。もし可能なら持ってきたいぐらいだよ。
――テムズ川は似てるんじゃない?
うん、似てるね。釣りに行くには雨がちょっと多いかな。
――ロサリオ・セントラルでプレーするのは夢だったんじゃない?デビューのことで何を覚えてる?頭には何がよぎった?レベルも到達していなければならなかったわけだよね?
幼い頃からサポーターだったよ。セントラル(ロサリオ・セントラルの略)のトップチームでいつかプレーするのが夢だった。
だから、ここでデビューできたことはすごく自分の中で特別なことだった。
でも、「一番難しいのは到達することではなく、それを継続することだ」っていうアドバイスはいつも聞くようにしていた。そのための準備をいつもしておかなきゃいけない。
セントラルのトップチームでデビューでき、素晴らしい時間を過ごせたことは、“チャチョ”(エデゥアルド・コウデット監督の愛称)の下でプレーしていた時は、すべてがうまくいってた。
その間はサッカーを楽しむよう心がけていたよ。
――すぐにパリに行ったよね。青年が突然パリの中心地でプレーすることになった。隣を見れば、エトワール凱旋門。とてつもなく大きな都市で、はじめは言葉も何も理解できなかったのでは?
そうだね。僕はパリに行くことになった。まったく違ったサッカー、
偉大すぎる選手たち、ロッカールームに加わった時、僕はまだ若かったけど。
みんな両手を広げて僕を歓迎してくれた。新しい言葉、新しい文化の中に来た僕を親切に助けてくれた。そういう人たちに囲まれていたおかげで、全てはスムーズにいったよ。
――ネイマールとメッシと一緒にプレーするという幸運に恵まれたね?
そうだね。神様のおかげで偉大な選手たちと一緒にプレーするチャンスをもらえた。
ネイマール、レオ(メッシ)ともね。僕はいつも最高の選手たちとプレーすることを夢見ていたし、だから彼らとピッチに立った時はその瞬間を楽しもうと思った。それは唯一無比の経験だから。
――その時期のことではどんな瞬間が印象に残っている?
その時期に起きた中でも重大な瞬間といえば、初めてアルゼンチン代表に選ばれたという電話を受けた時だね。信じられないくらい嬉しかったよ。
子供の頃からいつも夢見てきたし、初めての親善試合で、レオと同じピッチでプレーできるんだからね。小さな頃からテレビで見ていたレオと一緒にプレーステーションしたり、ピッチで一緒にプレーできたことは特別な瞬間だったよ。
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To Be Continued…(vol.2は11/22(日)投稿予定)